(無題)  

東京から伊豆高原に帰るとやっぱり伊豆高原のほうがあったかかった。汗がつきすぎるとタッチパネルが鈍くなる。今は桜並木通りの途中で、家の前にはあすかあさってくらいから同棲する女の荷物が、大量の荷物が暗闇に放置されている。とうとう桜並木通りのヨシダ装建株式会社もガンバロー東北を掲げてしまった。少し前まで桜並木通りにはそういうポーズは無かったのに。結局震災関連の表現活動で希望を持てたのは今のところ野戦の月だけだ。三崎くんがまだ生まれる意志があることが確認できてよかった。ぼくは活性剤をあげる金すらないが。
きのうガスコンロを福岡林嗣さんの家に届けたらかなり美味しい珈琲を飲ませてもらった。品種を聞きそびれた。きっと魔術の庭は復活の歌だろう、と部屋を眺め回して思った。
ぼくと未唯呼はどんなくだらたいことでも喧嘩できる。ぼくは絶対に殴らないだろう。誰かがぼくや彼女のことを理解できたとしても、誰も“ぼくたち”のことは理解できないだろう。彼女のアパートの荷物が殆どなくなった時、工藤礼子の歌が頭の中で流れたけど、タイトルもメロディーも詩も殆ど去って「ずうと、ずうと、いいしょ」しか流れなかった。ずうといいしょ、とはどういう意味なのだろうか。もしかしたら彼女の最大の理解者はまだぼくではないかもしれないしもしかしたらぼくの最大の理解者はまだ彼女ではないかもしれないがぼくと彼女の最大の理解者はぼくと彼女でしかなくーーーー

おとといは高田馬場のfreakに行ってライブの企画を持ち込んだ。不定期にいつも、人生のリベンジの場に立たされる。休戦はいつか終わる。最近は半分は十代の自分の闘争のリベンジなような気がする。部屋では書物が復活したり生まれたりする。蛇管の歯車も死んでない。freakに行く前にはsoupに行った。/Hi/Zo/U/Bu/Tuが録音機でステージの音と自分の声を録音していた。視力1.2の目で視た東玲子は声よりも顔のほうが若かった。中原昌也は小説よりも音楽のほうが小説だった。それ以染に、を見た時、希望は緋天国のほうがあるが信頼は圧倒的に彼等のほうが強いと思った。

3日前はくつなまいの展示を観に行った。彼女の肌は絵の具に塗れていて、彼女の心臓は線(亀裂)に塗れていた。確かになんにも痛くないのだった。再び出会う、という絵を描くためだけに制作を続けている、とぼくは思い込んだ。彼女にとって不幸は幸福だ、とも思い込んだ。その思い込みはぼくの不可能性だ。ぼくは彼女に絵の具をあげることすらできない。
マザーテレサは現代を救えるのでしょうか?ぼくは遠慮しておきます。
何度だって出会いましょう。
ドラゴンしか殴ったことない。
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