2018/8/6

鉄子の旅より酷い 北海道1977-4  国鉄時代

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遠軽での宿泊はビジネスホテル“イワサキ”です。

宿を引き払って次の目的地に向かいます。

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朝9時台だったかの名寄本線キハ2212単行に乗ります。

向こうのホームに停まっているのは網走発小樽行石北本線522レです。

(二重写しを此処で使ってしまいました)

写真には有りませんが、この後紋別で降りて昼食を摂ったと思われます。 多分渚滑ではなく紋別だと思います。
(まんいち渚滑だったらうけるね!)

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沙留駅には駅員さんが居ますね。

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興部〜上興部〜一ノ橋〜下川と来て交換待ちの間に記撮です。

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紋別から乗ってきたこの列車は キハ22 1 単行でした。

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名寄に到着しました。 3年前にも家族で此処にやってきました。 そのときは宗谷本線324レ(C5787牽引・・・残念!C55じゃなかった!)で稚内から到着したのです。

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3年前にも泊まった富士屋旅館に泊まります。

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翌日はキハ2231単行に乗ってまた名寄を旅立ちます。

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キハ2231は一個だけ押込ベンチレーターを残し、5個はガラベンに交換されています。

キハ2247単行の列車に乗り換えます。 さて此処は何処でしょう?

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朱鞠内(しゅまりない)でした。

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北海道で一番運休になりやすい豪雪の深名線です。 私の経験ではダントツ1位が深名線、次いで羽幌線、三位以下は引き離されて団子状態だったです。

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鷹泊駅でも交換で長時間停車

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交換列車はキハ2245単行。 ヘッドライトがブタ鼻(シールドビーム2灯)になった車両ですね。

キハ2247もヘッドライトはブタ鼻です。

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深川に到着し、キハ56系急行に乗って文明世界に帰還致します。

家族まるごとこんなツアーに付き合ってくれる事に感謝!

それ以上にこんな酷い企画をする私にも驚きを禁じ得ません。


この1977年春3月は、76年夏&76/77冬と2回東ドイツに撮影旅行に行った後で、現役合格して晴れて東ドイツ行きに弟が同行(行きも帰りも別行程だったかもしれませんが)する3回目との間に挙行された家族旅行でした。

あんなこんなと思い出すと「親父殿のおかげ」の範囲と奥行が余りにも大きい事に驚くばかりです。

先日ブログ上で親父殿、故井門昭二“本葬”が8月22日12時と書いてしまいましたが、間違いでした。

正しくは8月22日14時です。 (暑いのでまんいち来ても平服で!)
ただし、
親父殿は葬式に人を呼ぶ事を酷く嫌っていましたので来て貰わないのが宜しいのではないかと思います。

鉄道趣味の知人にはまったく案内をしていません。

幸い私の「鉄」仲間は私のブログを全く見ていない事がよく分ってきましたので安心して此処に書いています。

死ぬほど忙しいのにしつこく書くのは12時と誤報を発信してしまったのでそれが心配で心配で書いて居りますです。







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