去る8月20日、城栄の首都・南栄都の市部へと突入した。
そうはいっても、都心部ではなくその周りの市部である。
しかし、やはり筆者は東京の土地勘がまだ涵養されていない。
南栄都内の描画に入るやいなや行き詰まるという状況である。
ここ3年間の想像地図の描画は、
生方
↓
住谷
↓
新山
↓
熊崎
↓
国重
↓
糸川
というように南下する形で描かれてきた。
先日公開した「
城栄国全図(仮)」を見ても分かるように、城戸県や岸下県のある「八州」は、糸川県側から見たら南栄都の向こうにある。
(陸上をゆく限り、糸川県から八州方面に行くには、南栄都を通らなければならない)
従って、順当に描くなら南栄都を先に描かなければならない。
これは、想像地図に「連続描画の原則」があるから生じることである。
想像地図は、紙をつなげることによって描かれている。飛ばして描いてしまうと、紙がずれて後で修正したり描き直したりするリスクが飛躍的に上がる。これを防ぐために、連続描画の原則が開始以来守られている。
しかし、これではいつまで経っても八州方面の描画が進まない。
そこで筆者は、南栄湾口にかかる「南栄湾横断道路」に沿ったルートを先に描くことを思いついた。これなら、道路に沿って描くルートであり、飛ばして描くことにはならず、連続描画の原則は守られる。
ちなみに、この「南栄湾横断道路」はアクアラインのような道路でありながら、湾口に沢山ある島を飛び石状に橋を架けて結んでいるので、しまなみ海道に似た性質も兼ね備えている。

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