2020/9/23

明るいグレーと青のMAV客車  海外蒸機

イモンがヨーロッパ形、東欧形にエキサイトしているの何故か?

現実味が無いと思っていたユーゴスラビア国鉄の客車が発売された事によって、冬の蒸汽のせいでよく見えなかった【Meridian】号の最初の3両が判った事によります。
青い列車メリディアンの機関車直後の青はこれだったのです。

増田さんの分も買っておいた“Roco“のD270【Meridian】セットが俄然輝く事になりそうです。

勿論、まだハンガリーの寝台車が手に入りませんので遠いということも言えます。

まずは【Meridian】の中心だったハンガリー国鉄の青い客車をチェックしてみます。

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鉄のカーテンの向こう側、東ドイツにも模型メーカーと模型店がありました。

メーカーは“ピコ“と“シヒト“です。

PIKOはまだ続いています。 シヒトは多分ザクセンモデレとなり、ティリジとなりました。

シヒトの模型も発掘出来たら公開します。 まずはザクセンとティリジのMAV客車です。

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いずれも「エポックW」のMAV客車です。 どちらの塗装が古いか新しいか?知りません。 長年の経験からの勘で言えば、いずれも“ザクセン“製品の奥のライトグレーが古い塗り分けでしょう。

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ティリジの2種類はほぼ同じ時期の製品で「作り分け」のようです。

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並べてみます。

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東ドイツで写真を撮ったのはもっぱら此の「青い車体に白い帯」です。 奥の1両は“Roco“の「メリディアン」セットに入っている1両です。

【メリディアン】には必ず4〜5両此の色の客車が入っていました。


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混入させてもなんの問題もない感じです。

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グレーの暗い屋根がRocoです。

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連結面です。

やや気になるのは全て2等車である事です。

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“Roco“の「D270【Meridian】」セットです。 6両です。 DR×2、CSD×1、MAV×3です。

ホンモノは10両編成でした。 組成は違っても絶対に10両でした。 短い客車が入る国内急行は11両でした。

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馴染みの無い塗装のMAV客車。 上の2両はRoco、下の2両はザクセンモデレです。

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でも、寝台車では此の色を見たことがあります。

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A.C.M.E.のユーゴスラビア国鉄客車セットに同じような色のJZ客車がありました。

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出してみたら近代的な客車で全然似ていませんでした。

手元にあったイモン撮影のゼロイチ列車写真を確認してみました。

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1976-08-03 ドレスデン近郊 おそらくD371【Pannonia Express】

何故なら最初の2両がハンガリー国鉄のトンガリ屋根だからです。 しかも、自分が撮っていると自覚が全く無かった明るいグレーと青の塗り分けのトンガリ屋根です。

パンノニア・エクスプレスはローマ帝国時代からパンノニアと呼ばれていたドナウ川南岸地域に向かう列車です。

ベルリン→ドレスデン→チェコスロバキア→ハンガリー→ユーゴスラビア→ブルガリアの首都ソフィア行という超長距離列車です。

ただ、最初の2両の青(MAV)をもってパンノニアエクスプレスと断定し難いところもあります。

他のD371と目される列車は最初の青MAV2両の後は多彩な国際列車だったのに、此の列車はトンガリが中心に見えるからです。
(5両目に今回手に入れたJZユーゴの寝台車らしき姿)

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1977-08-10 ベルリンオスト駅を発車する D1275 【Metropol】

メトロポール号はデンマーク航路のロストックからベルリン、ドレスデンを経由してチェコスロバキアを通ってハンガリーの首都、ブダペスト行です。

南行はD371【パンノニア】の1時間半後を走り、晴れた場合バインベーラでギラリが狙える素敵な列車でした。

ポイントは機関車直後を占めるハンガリーの寝台車です。(機関車付近は冬のSGが効く事から寝台車が多かったです)

何故此の写真が出てきたのか? それは1両目の寝台車が明るいグレーと青の塗装だからです。

毎日多数見かけるハンガリー寝台車は、此の写真の2両め3両めのように、青い車体+細い白帯2〜3本+寝台車を表すアルファベット文字がいっぱい書かれていました。

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1977-08 D1274 【Metropol】ベルリン・シェーネフェルト駅

他の地域からゼロイチ目指して駆けつけた我々ですが、こんなところでD1274の進入をみる羽目になってしまったという画です。
ジタバタすると目立って警官が来てしまうので何気なく静かに撮ったわけです。

此の写真も今日、ここに呼ばれて出てきたのはハンガリー寝台車のライトグレー+ブルーが居るからです。

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1977-08 D1275 【Metropol】
多分メトロポールだと想像されるわけです。

勿論ここに呼ばれてしまったわけは青/ライトグレーの寝台客車が写っているからです。

8ミリカメラが故障で全体の半分超を失ったのが本当に痛いです。

模型発売を油断せず注意しておくつもりです。
ブルガリアの客車(Pannonia EX)やルーマニアの客車(Balt-Orient Express)も出来たら嬉しいですね。



2020/9/8

スウェーデンの客車と【メリディアン】号そして地道な作業  海外蒸機

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ノルウェーのナルビクです。 1977年8月(ポップアップします) バケペンです。

ナルビクはノルウェー中北部、町としては北端に近く北極圏になります。 ノルウェーの鉄道は此処まで届いていません。 百数十キロ南のボードー(ここも北極圏)がノルウェー国鉄の最北端でナルビクには船でアクセスします。 フィヨルドが切り立って深いので鉄道では到達出来なかった場所です。

スウェーデンのキルナ鉱山が至近距離にあり、極めて良質の鉄鉱石は普通此のナルビクから出荷されます。
ナルビクにアクセスしているのは「フィヨルドに行く手を阻まれない」スウェーデン国鉄(SJ)です。

スウェーデンの客車を買ったイモンですが、1977年に激しく乗り鉄をしています。

ボードーから船でナルビクに至り、ここからSJでストックホルムまで乗りました。

悲しいかなあまり車両を撮っていません。 ゼロイチの牽く国際急行を撮りに来た道中ですからここで車両を撮る気にならなかったのでしょう。

此の列車はストックホルムに向けて走る列車ですが、昨日の買い物は的確だったと言えます。

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197612月 D270【メリディアン】号、ベルリン市内ウールハイデにて。 (ポップアップします)これもバケペン

此のD270の先頭側3両時に4両がユーゴスラビア国鉄の寝台車、クシェット(簡易寝台車=3段B寝台またはゴロンとシートみたいなもの)、コンパートメント座席車です。

悲しいかな風向きと寒さで客車が全て隠れてしまいました。

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別の日のD270【Meridian】

こちらのほうが客車が見えます。 でも確認に役に立つのは断然8ミリの映像です。

メリディアンが目立つ列車だったポイントは、編成中央部に大量に入っているハンガリー国鉄の白帯青い客車です。

此の2枚のD270の動画は私が配って歩いている「中国2003」ブルーレイの中に動画が登場します。 それで見るとよくわかります。

1976夏、1976/77冬、1977夏と長期滞在して人類最後の本線急客機を堪能しましたが、我々と仲間以外は誰一人居ませんでした。 警官に捕まってその場から連行、退居させられた事は8回に及びます。

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会社ではNYC【20th Cenchury Limited】の整備保全をじりじりやっていますが、此の全室食堂車で苦戦しています。

糸を引くゴム系接着剤を嫌ったのかそれを薄めて使っているらしくポロポロ窓が外れます。

食堂車は全窓張り替えです。 絶望的作業!

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自宅では上田丸子電鉄のレタリング、ドア窓の「自動ドアー」は面白いので貼ってみます。

これはゴム系クリアを付けた状態。

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チラッと見えると盛り上がるロングシート!

24mmを2つです。

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そして前面の表記は此のように切ってみました。

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大した手間ではないのが実際です。 周りをメンディングテープで固めました。

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新しいインレタ(クロマチック)なので綺麗に転写できます。

じりじり進みます。





2019/10/31

03 0010-3  海外蒸機

私は常時会社に20:30迄居ます。

じつは仕事が幾らでもあると言うことともう一つ、我家の夕食が平均して21:15頃から22:15頃の間だという事も一つあります。

私以上に英子が忙しい事が理由ですが、中途半端な時間に帰宅しても全く使えない時間が其処に発生するのが辛いと言えます。

しかし、なまじの食事処より遙かに美味い料理が味わえるし、健康的な1日に出来るのでやはり1日でも多く帰宅したいです。

(時々料理の種類が多すぎて絶句する事態が有るので、食卓の状況は読者の皆様には想像できないと思います)


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鉄研三田会の写真展が終了しました。 (イモンが働かなくて申し訳ありません m(_ _)m )

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この入り口の案内に不肖イモンの写真を採用頂いて全く光栄C59です。

(写真はポップアップします)

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03 0010-3 現役時代 ストラルズント行D-zugです。 (カメラ;PENTAX 6X7)

03 1010 が本来の番号です。
元番号は
03 010
ではありません。
東ドイツ国鉄“DR”では03-10(ゼロサンの千番台)をゼロサンのゼロ番台にしてゼロ番台の機関車は二千番台にしてしまいました。

「03 1010」は「三気筒ゼロサンNo.1の麗機」

三気筒ゼロサンは流線型で颯爽と登場した最高速度140km/hの機関車で、本来03の形式を貰うのも変な位03とは違う機関車です。

流線形から普通形に改造されてこの姿になっています。

大きさが殆ど同じ、軸重は同じですが10〜15年新しく開発されたより高性能な機関車です。

給水加熱器が原型のものが残され(他の03-10は人民帽に載せ替えられてしまっていました)ダントツに綺麗に磨かれ、03-10のスーパースターです。

その「03-1010」は今年、この夏で動態保存を終了、今後は静態保存になりました。

これらの写真は、それを悲しんでフェイスブックのアルバムに上げた写真です。

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この駅はBerlin-Lichitenberg(ベルリン-リヒテンベルク)

いつもの師匠/相方の増田泉さん、同行した普通部1年入学時からの相方深野さまと3人で行動中、一人はぐれて居たイモンは人民警察に捕まり、パトカーのトランクに荷物を入れるように指示され、パトカーで警察署に連れて行かれたのでした。 車の中で制帽を被っている警察官というものを見て「不思議な人たちだなア」と思いました。

東ドイツで警察官に連行されるのは8回目でした

増田さん、深野さんに連絡を取れなかったので拉致されたかと心配されそうで気にして居たのですが、パトカーの回転灯で気がついて接近してきた2人に辛うじて確認して貰えました。

30分ほどパスポートを奪われ、待つうちに警察署前で解放されました。

そうなると予想して居ましたので大きく慌てませんでしたが、どっちへ歩けば線路が有るか確証がない中歩いて駅付近に帰り合流することが出来ました。

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発車です。

時間があればもっとマシな位置に移動して撮りますが、捕まったら撮影は出来ないし、仕方がないところかと思います。


ドイツでは、もう一台、ゼロイチの大事な一台も「動態」→「静態」になってしまいました。

でも、この写真は1976年冬と1977年夏のよりハードルの高い時期の写真で、来年にはゼロイチ原形現役時代写真集を出すという夢があるので此処では紹介致しません。

(フェイスブックには出してしまいました)






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