2016/4/28

松岡君帰郷報告たぬき  海外蒸機

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昨夜の‘たぬき’です。

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01 2066−7 ポロシャツを分けしました。

(買えるものではないところが凄い! スタッフのコスチュームなのです!)

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ドイツキチガイの集会という面もありますのでこの様な恐るべき画像が登場しました。

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調子に乗って現役時代の私の写真;01 2066−7 も一枚貼っちゃいます。
(1977-01-02 ドレスデン中央駅 D924ベルリン行)

コンピューター管理するに際してDR(東ドイツ国鉄)DB(西ドイツ国鉄)とも機関車番号を全て6桁にする事になりました。

BEMで動態保存中の 01 066 の場合、DRの石炭炊き原形機だったので2000番台となり、チェックディジットが付いて 01 2066−7 となりました。

水沼先生が掲げているポロシャツは 01 066 の現役末期の番号を再現したものという事になります。

(説明ははしょりますが、DBの01形は‘001’になりました)

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BEMから送られてきた 01 066 の昔の姿です。

ハノーファーに於ける落成間もない頃の写真じゃないかとのことです。

篠原正瑛さんの“全盛時代のドイツ蒸気機関車”には10号機までがこの小型デフ、11号機から大型のデフとされていましたが、蒸汽機関車研究家として有名な高木宏之さん(本当は梯子段の高です)の研究によると 01 076 までがこの様な小型デフだった様です。

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右から串カツ(1本60円)、みぞれ、ナスミソウィルソンです。

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鰹のたたき

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これ何でしたっけ? タコかな・・・(実は消えてしまって書き直しです)

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記撮タイム

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今回のメインは何と言ってもドイツ留学から帰ってきた松岡君です。

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その松岡さんからとんでもないお土産です。

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BEM(バイエルン鉄道博物館)の皆様から寄せ書き付動画です。

BEMの蒸機は 01 180 がROCOからHOモデルが発売になったのに続き、今回のこれはBEM蒸機だけで作られた『アイゼンバーンクリエ』から発売になった動画製品です。

凄いですね。

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裏メニューの登場です。 メンチカツと明太子スパゲッティー!

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明太子スパゲッティーがまあ何と美味しいこと!

BEMとドイツ蒸機キチガイ一派の益々の繁栄を願って乾杯!




2016/1/2

01逢いたや2015秋(5)終章  海外蒸機

終章: 01逢いたや

この旅はまだ続きがある。
シュバインフルトで01に添乗していた松岡君をニュルンベルグ駅で拾うことだ。 松岡君は興奮して運転室から降りてきた。 そりゃそうだと思う、自分にとっても一生の思い出だ。 1990年代に井門さんはこの01 066とバイエルンの女王、S3/6で、ドイツをほぼ縦断している。 ビデオを見るとほとんど運転室の中だ。 どんなに楽しかったろう。 最後にマックス君達と記念写真をとった。

全員、疲れがピークになっていてビールとソーセージで乾杯しベッドにもぐり込んだ。

翌日はニュルンベルグ鉄道博物館に行った。
雨が降りしきりこんな日は撮り鉄する気にならない。 01の運転は昨日のみだったので今回は天気に感謝だ。


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博物館は40年前に訪問したはずだがほとんど覚えていない。 05や展示物を眺めるも完全燃焼した私は疲れ果ててしまい昼過ぎにフランクフルト国際空港に向かった

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機上でいつものクリュッグのシャンパンを頂く、酔いと疲れで眠気が襲う。 窓下にマイン川、アウトバーン、そしてICEが走っているのが見える。 また01に逢える日が来る事を祈りドイツに別れを告げた。


あとがき

突然、異邦人を本線走行の01に乗せてくれるはずもなく、これは増田・井門組とデトレフの長い交流のたまものだ。
そして松岡君がボランティアとして修理を手伝っているのも仲間扱いしてくれた要因だ。 今回は会えなかったがネルトリンゲン鉄道博物館のデトレフ メゴウさんが01の添乗のお膳立てをしてくれた。 デトレフさんは普段はウルムのメルセデスベンツに勤務しており、休日を使い機関車のメインテナンスをしている。 本線で蒸機を走らせるのには様々な資格が必要で、ボイラーの免許、無線の免許、列車運転の資格と努力して取得している。 また機関車維持も楽ではない。 デトレフさんは1990年頃、世界中の鉃道ファンに01 066に寄付をお願いする手紙を書いた。しばらくすると日本から返事が来た。 増田組(増田泉&井門義博)である。 増田さんはドイツに何年か赴任する事になり,週末毎にデトレフと機関車修理に励んだ。 井門さんも1990年代にネルトリンゲンを訪問し、S3/6や01 066 の動画をものにしている。 01の写真集の売り上げ等の寄付をされている。

最近コンビを組んできた松岡君も週末になるとネルトリンゲンへ行き、蒸機の修理を手伝っている。 ボランティアの仕事は若い世代へ引き継がれたことになる。 ドイツでは今回の様に若い世代が蒸機運転を引き継いでいる。 運転日の前日から機関区に泊まり込み、当日も長時間にわたり機関車を運転している。 普段は別の仕事をしていて、週末のほとんどを蒸気のために費やしている。 このハードワークが動態保存を維持させているのだ。 本年、ネルトリンゲンで稼働できる蒸気機関車は01が2台01 066, 01 180, 41型、50型、52型だそうで日本と事情は違うにしても別次元のレベルだ。

もし皆さんもドイツへ行かれたら寄付とまではいわないがなるべくチケットを買って上げて、お土産もどんどん買って蒸気機関車存続を手伝ってあげてほしい。 少しでも寄付してあげてほしい。

これは海外だけでなく日本でも同様だ。

最後に、ブログを提供してくれた井門義博さんに感謝致します。
ドイツでは日本の多くの日本のファンにお会いし楽しい時間が過ごせました。 特に松岡秀樹君には全ての撮影地に案内して頂きました。 デトレフさんやドイツで会った方たちの蒸気機関車を動態保存する努力を尊敬します。 そして01を初めとする蒸気機関車を走らせてくれることに心から感謝致します。






2015/12/30

01逢いたや2015秋(4)  海外蒸機

水沼先生の“01逢いたや2015”を続けます。 水沼先生のレポートは青■で書き込みます。

同行した松岡君のレポートも併せて書き込みます。 松岡君のレポートは緑■で書き込みます。

地図と01の走行したコースです。  by松岡君(大きく拡大できます)
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赤い↑矢印が「行き」です。
青い↓矢印は「帰り」です。

撮影日記

2015年10月3日、25回目の統一記念日を迎えたドイツ連邦共和国。 これを記念して旧西独ミュンヘンから旧東独アルンシュタットまで記念臨時列車が運転されました。

往路はバンベルクで客扱いを行ったのち、フラケンヴァルト峠を越えて旧国境駅プロープストツェラ、東独01の配置区ザールフェルトを経由してアルンシュタットへ向かうルート。 復路はチューリンガーヴァルト峠を越えてオーバーホフ、シュヴァインフルトを経由してバンベルク、ニュルンベルクへと帰ってくるルートでの運転でした。
主催者はEisenbahn Nostalgiefarten Bebra e.V.、一部客車を除き、車両の手配と運転はバエイエルン鉄道博物館が担当しました。


4 最後の追っかけ

朝、カーテンを開けると昨日までの好天が嘘のようにやっぱり空のほとんどに雲が広がる。
01曇りだ。
今回もジンクスは守られた。
ミュンヘンからの大学生A君も参加、ほとんど撮り鉄は初心者だ。 松岡君のナビで最初のお立ち台、バイエルスドルフ〜ケルスバッハ間の田園地帯でカメラを構えた。 昔からの電化区間で架線柱が古いらしい。 空は7割がた雲に覆われている。

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IC、各停が次々と姿を現す。

しかし少しずつ空は明るくなってきて01が来る前から日が射してきた。

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朝日の中を01 180を先頭に煙突回りからドレーンを吹き上げ、猛烈なスピードでやってくる。

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次位の01 66の運転席のマックス君は我々に気がついたようで大きく指を立てて合図してくれた。


早朝6時頃にミュンヘンを発った列車はKombiverkerの新型電機BR185に牽引されてニュルンベルク中央駅へ。ニュルンベルク中央駅からは先頭に01 180+2066、最後尾にV100 1365が連結されました。

ニュルンベルクを発って約40分、最初の撮影地に01がやってきました。

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Baiersdorf 〜 Kersbach 松岡さん撮影

ニュルンベルク〜バンベルク間は1930年代の電化当時の架線柱が残っている珍しい区間ですが(画像の架線柱は恐らく戦後のものだと思います)、複々線化工事のため間もなく見納めです。 シャッターを切ったあとに両方の01の運転台に手を振ったところ、みなさんが僕らに気づいて手を振り返してくれたのは嬉しかったです。

ここから必死の追っかけでギリギリFrankenwaldbahnの勾配区間のハイライトに間に合いました。


直前に日が当たる幸運に驚喜しつつ、急いで撤収し次のポイントへ向かう。

01は速くこちらも相当跳ばさないと追いつかない。 次の撮影地は山の中、フランケンバルデンの勾配区間のハイライトだ。 峠の未舗装の道をかき分け、ベンツを飛ばす。 車を降りてカメラを持って走る。 回りではあの歯切れの良いブラストがもう聞こえている。 松岡さんは三脚を立てる余裕もなくカメラを構える。 タッチセーフ!黒煙を上げ01は通過していった。


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松岡さん撮影

直後に反対方向から古い電機機関車が現れ、これも相当さびたタンク車を牽いていった。

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Förtchendorf 〜 Steinbach am Wald

列車はSteinbach駅での40分間の給水停車ののち、旧国境駅Probstzella、最後の東独時代の01配置区Saalfeldを越えて終点Arnstadt駅へ向かいます。

Steinbach、Saalfeld駅での停車を利用して最後にもう一発。


勢いづいた我々はまた追っかけを続けた。

標識にはザールフェルドの名前が現れた。

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国鉄時代編集長山下さん、モデルズ井門の鈴木さんそして私の聖地だ。

東ドイツ末期に石油危機があり、このザールフェルドに生き残ったSLが集結した。 原型01も東独型015も41,44,52といった貨物用機関車もいた。 ちょっと寄ってみたいが、次の撮影地まで時間がぎりぎりで断念させられた。

3回目パウリンゼラ〜シンゲン間の牧草地の高台だ。 Sカーブがあり、教会のある小さな村がある。 もう地元のてつ達が高台にラインを作って並んでいる。 待つ事しばし、豪快なブラスト音と共にSカーブの端に列車が現れ目の前を通過した。 村の教会の前を過ぎ森の中へ消えていった。


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Paulinzella〜Singen 松岡さん撮影

山間に響き渡った豪快なブラスト音に皆満足で“Gut!(いいね)”を連発している。 異国での追っかけはかなり緊張する。 新人のA君が興奮しすぎで携帯を無くして大騒ぎだ。 午前中はこれで終了、昼の休憩地となっているアルンシュタットを目指した。 遠くに煙が見えるので目指していくと、01 180 が給水、給炭をしていた。

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松岡君が機関助手に訪ねると 01 066 は少し先の機関区にいるとのことだった。 先には結構大きな扇形庫があった。 01 066 はすでに庫の中に入って点検、保守作業中だ。 松岡君が話かけるが皆忙しそうだ。 マックス君が機関車の下に入っているのに気づき、さっそく写真を見せている。

静態だが蒸機がずらり並んでいる。


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Arnstadt駅に併設する博物館を少しだけ見学して乗務員さんたちに御挨拶

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旧東独地帯だけあってソ連製のディーゼル機関車231やルーマニア製の110がいる。

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東ドイツ型の015は旧保存指定機だった 01 531 が扇形庫の端にいる。 煙室扉が尖った古いタイプだ。 この機関車はザールフェルドに末期までいて私の写真にも残っている。 長い間、静態だったが今年になって動態復活したらしい。 ドイツの蒸気機関車復活は日本より一枚上手だ。 突然、若い日本人から声をかけられた。「もしかして水沼先生ですか?」 彼は国立のがんセンターで私の部下だった先生のもとで研修中とのことだった。つまり孫弟子みたいなものだ。 井門さんのサイトも見てくれているそうだ。 ヨーロッパ内で何泊も夜行で過ごしていたというから筋金入りの鉄ちゃんだ。 松岡君らと早速情報交換している。 ここで昼食をと思ったが1時間程度しかなく、ロケハンしながら復路を先行することにした。

昼食は自然食品カフェのようなところで購入できたものの食べる時間なく最初の撮影地へ。

ついに雲がでてきた。 「01原型が走ると日が射さない」は今回も守られる。

松岡君得意の山登りでデルベルグ〜ゲルベルグ間の峠の中腹で構える。 線路脇でかなり狭いがすでに4,5人の地元のファンがいる。 後からきたドイツ人がなんと線路標識を曲げてしまった。 ちょっとびっくりだ。 曇り空だが谷が深くどちらにしても光は当たらない。 復路は 01 066が先頭で今度もしっかり煙をあげてカーブを回り込んで2台が通過していった。


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Dörrberg 〜 Gehlberg 松岡さん撮影
Oberhofまではかなりの勾配区間で、この日一番のサウンドでした。
乗務員さんたちにとっても Arnstadt〜Oberhof 間が一番のハイライトだったようです。 ネルトリンゲンに帰区した両機のボイラー上には、ブラストによってトンネルから剥げ落ちた煤の塊が積もっていました。

Oberhofでの30分の給水停車を利用して先回りです。


追っかけはさらに続く。 秋の日の傾くのは早く、往路の2本目オーベルホフ〜ゼラーマーリス Oberhof〜Zella-Mehlis 間はすでに斜光線だ。

うろこ雲からわずかに光の差す中を 01 066、01 180 が通過していく、後追いのショットではわずかに夕日が反射してくれた。


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Oberhof〜Zella-Mehlis 松岡さん撮影

正面に薄く夕日が差してくれたおかげで先輪が光りました。118号機とは違う、2066号機のカサカサと煤けた感じも出て満足です。 あと1分遅れてくれれば夕日が完全に差してくれましたが・・・。

復路はArnstadt発車時点で30分ほど遅れていたのでスジが読めませんでしたが、定時なら40分停車のMellrichstadtで抜けると考え、さらに先のMünnerstadt駅で待ち構えることに。


ターミネーターなみにしつこい我々はさらに列車を追っかける。 線路脇の並走する一般道を走る。 風がなく線路には煙が残ってる。 しかし予想外に村が多い、村に入ると速度制限50km/h制限になる。 列車は100km/hは軽く超えているだろう。 前に見える01の煙は少しづつ薄く、遠くなり列車に引き離されて行く。

ついに日没になった。 諦めて高速で先回りし小さな駅へ先回りする。 ミンナーシュタットというホームも短い駅だ。 静かに01の列車がやってきて停止した。 ここで数分の整備だ、軸焼け防止にオイルが注入される。 火床整理もしている。 マックスさん達はすでに8時間を超えて運転しているはずだ。 かなり過酷な労働のはずだが粛々とこなしている。 線路の裏は森が広がっているようだが、暗くてはっきりしない。 ベンツのヘッドライトを向けるがほとんど役に立たない。

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Münnerstadt 松岡さん撮影

単線路線の交換駅ということで遅れていたもののきちんと停車してくれました。
2面2線の小駅で雰囲気も最高でした。 停車時間を利用して足回りの点検をするため、ヤラセではなく両機とも点検灯が点いています。



信号が青になると、汽笛2声、列車は出発していった。

もうすっかり暗くなり、最後の停車駅、シュバインフルトへ先行した。

すぐに列車はやってきた。 ここで給水、列車はしばらく停車する。 乗客達は列車をおりて暗いホームを歩き回っている。 列車の中で飲み過ぎたのか合唱も聞こえる。 ここで松岡君は交渉に成功、ニュルンベルグまで01に添乗することになった。

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2台の罐は蒸気圧が上がりすぎたか、盛んにドレーンを切っている。
機関車前方に勢い良く蒸気が排出される。 しばらくすると車掌が大声のドイツ語で呼び回りだした。 多分「All aboard: 出発します、乗ってください」だろう。 皆が列車に上がりホームは人気が少なくなった。

この旅が終われば海外へ来ることが困難になる私にとっては多分、生涯最後の01の発車の場面だ。 カメラを置いて最後は見るてつで脳裏に焼き付けることとした。 夜空に蒸気と煙があがる。 短笛2声、いつもの腹に響くようなブラストで列車は加速して行く。 どこかで拍手と歓声があがる。 私は立ち尽くしたまま01が視界から消えるまで見続けた。


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運転時刻

Bft Nurnberg Hbf 8.59 Gl.8
Abzw N-Jansenbr 9.03
Bft Furth Gbf 9.05
Bft Furth/By Hbf 9.06-08
Vach +14-21
Elstersdorf Ust 9.27
Bft Erlangen Gbf 9.30
Bft Erlangen Pbf 9.31-33
Baiersdorf 9.38
Abzw Trubbachbr 9.43
Forchheim 9.44-46
Eggolsheim 9.51
Bk Buttenheim Hp 9.51
Hirschaid 9.55
Strullendorf 9.58
Bamberg 10.04-07
Hallstadt 10.14
Breitengrusbach 10.19
Zapfendorf 10.26
Bad Stafelstein 10.35
Lichtenfels 10.40
Hochstadt-Marktz 10.47
Kups 10.55
Kronach 11.00
Pressig-Rothenk. 11.12
Fortschendorf 11.17
Steinbach am W 11.23-12.02
Ludwigsstadt 12.08
Probstzella 12.14-18
Saalfeld(Saale) 12.39-46
Bad Blankenburg 12.54
Rottenbach 13.00
Stadtilm 13.12
Arnstadt Hbf 13.32

Arnstadt Hbf 16.10
Plaue(Thur) 16.17
Grafenroda 16.23-26
Gehlberg 16.40
Oberhof(Thur) 16.45-17.17
Zella-Mehils 17.22
Suhl 17.27-38
Dietzhausen 17.45-51
Grimmenthal 18.01
Ritschenhausen 18.03
Rentwertshausen 18.09-16
Mellrichstadt 18.26-19.08
Neustadt(Saale) 19.18
Munnerstadt 19.26-44
Ebenhausen 19.55
Oberwerrn 20.00
Schweinfurt Hbf 20.07-33
SchweinfurtStadt 20.36
Gadheim 20.43
Hasfurt 20.51
Zeil 20.56
Ebelsbach-Eltm. 21.00
Staffelvach Bk 2 21.04
Staffelbach Bk 1 21.05
Oberhaid 21.09
Abzw Hoflein 21.12
Bamberg 21.14-20
Strullendorf 21.27
Hieschaid 21.30-32
Bk Buttenheim Hp 21.34
Eggolsheim 21.36
Forschheim 21.41-43
Abzw Augrabenbr 21.45
Baiersdorf 21.49
Bft Erlangen Pbf 21.55-22.05
Bft Erlangen Gbf 22.07
Bft Erl-Bruck 22.09
Eltersdorf Ust 22.10
Vach 22.13
Bft Furth/By Hbf 22.19-22
Bft Furth Gbf 22.24
Abzw N-Jansenbr 22.27
Bft Nurnberg Hbf 22.32 Gl.8 (wird DPE96, Nurnberg Hbf ab 22:48 -Munchen Hbf )







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