2019/3/8

さようなら夕張線  国鉄時代

こんな簡単に紹介する中身じゃないのですが、模型製作に全力投球なのでお許しください🙇

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千歳発10:38、2629Dに待ち合わせて乗車、リリーズのお二人も交えて乾杯です。

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その気動車は日高本線仕様“優駿浪漫”号で残念でした。

驚いたのは列車が夕張に到着したときです。

黄色いハンカチを手に「お帰りなさい!」と迎えてくれたのは“みやさか”の女将さん達でした!

昼、夕の列車を全列車、黄色いハンカチと小さなお土産を手に迎えている!のです!

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ホテルシューパロでリリーズのコンサート

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「あれから40年」の時と全然変わっていない様に思います。

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追分機関区乗務員OBの皆様からまた新しいエピソードを聞かせていただきました。

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“みやさか”での二次会です。

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ホテル“シューパロ”からの眺め、こちらサイドはまあ少し普通ですが、

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反対側は絶句するしかないゴーストタウンです。

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リリーズのお二人と清水沢へ、駅前の燕電器商会跡地前に立つ二人。

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清水沢駅駅舎内には1週間程前のイベントで訪れた時の書き置き、中央にリリーズのサイン。

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注目はこの日3月5日に書き足されたリリーズ作のD51です。

(9600にしては煙突が長いからデコイチだと私は思います)

可愛らしいし、スノープラウらしき表現がなかなか秀逸!

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この日はJICCフォトサロンで宮澤孝一さんの写真展が初日を迎え、パーティーが開かれました。

http://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/photo-exhibition/2019/20190305.html

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9600の途中経過を少しお見せします。

台車をキサゲましたがまだ不十分、しかし、完成させるためには切り上げなくては!

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テンダー後端梁に取り掛ります。

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うわ〜〜大失敗!

芸術祭手前にやった作業は全て数ランク低いレベルですが、これなど4等級くらい低いレベルの仕事です。

メジロのめ次郎さんは、そういう「急ぐ気持ちのあるときは絶対作業してはならない」と言います。

全くその通りだと思います。1ヶ月前、いや3週間でも良いから作業をストップするべきだと思います。 

しかし、どうせ私はこの程度と決めてかかり進めてでっち上げる所存です。

JAMには何台かのスピコンマシン、そして紙成模型塾、そして芸術祭の蒸機と年中締め切りに追われて、うっかり指紋付けたりしながら「一応完成」が私の精一杯と観念しました。





2018/8/15

JAM2018 “北海道”  国鉄時代

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会社の行事予定表がこんな感じになっています。

モデルスIMONは全店閉鎖して全員会場で働きます。 本社も基本全員参加です。

さて、今年の“北海道”というテーマでまず思い浮かぶのがこの『北辺の機関車たち』です。

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左が最近になって復刊ドットコムから再出版されたものです。

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販形はそっくりですが、僅かに小さいです。

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上が復刊、下が第二版、昔のページです。

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復刊するに当たって、収録された写真は殆どもう一度理想的な再現が出来るように古い写真をもう一度焼着直したりという現代レベル化までされています。

下が焼き直したモノ。

フォーラムディスカッションに選ばれたのもこの『北辺の機関車たち』

http://kokusaitetsudoumokei-convention.jp/forum-discussion_2018/

3人の著者が一緒に居ること自体が貴重なこの著者御三方、写真撮影時のエピソードや狙いなど解説していただきます。

“フォーラムディスカッション”と称して居る割にはこれまで「ディスカッション」になって居ないように思われていましたが、今回は各撮影者ごとに記憶が微妙に異なっているなど、本物のディスカッションになってしまうかもしれません。

是非お楽しみに!お見逃し無く!!

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最近「アレ」はどうした?と聞かれます。

こんな体重推移です。

激しい「山」は菅平行です。

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苦闘の様子が偲ばれるでしょうか・・・


ともかくJAMまでは体を壊しかけながら死にものぐるいで頑張ります。



2018/8/6

鉄子の旅より酷い 北海道1977-4  国鉄時代

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遠軽での宿泊はビジネスホテル“イワサキ”です。

宿を引き払って次の目的地に向かいます。

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朝9時台だったかの名寄本線キハ2212単行に乗ります。

向こうのホームに停まっているのは網走発小樽行石北本線522レです。

(二重写しを此処で使ってしまいました)

写真には有りませんが、この後紋別で降りて昼食を摂ったと思われます。 多分渚滑ではなく紋別だと思います。
(まんいち渚滑だったらうけるね!)

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沙留駅には駅員さんが居ますね。

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興部〜上興部〜一ノ橋〜下川と来て交換待ちの間に記撮です。

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紋別から乗ってきたこの列車は キハ22 1 単行でした。

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名寄に到着しました。 3年前にも家族で此処にやってきました。 そのときは宗谷本線324レ(C5787牽引・・・残念!C55じゃなかった!)で稚内から到着したのです。

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3年前にも泊まった富士屋旅館に泊まります。

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翌日はキハ2231単行に乗ってまた名寄を旅立ちます。

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キハ2231は一個だけ押込ベンチレーターを残し、5個はガラベンに交換されています。

キハ2247単行の列車に乗り換えます。 さて此処は何処でしょう?

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朱鞠内(しゅまりない)でした。

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北海道で一番運休になりやすい豪雪の深名線です。 私の経験ではダントツ1位が深名線、次いで羽幌線、三位以下は引き離されて団子状態だったです。

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鷹泊駅でも交換で長時間停車

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交換列車はキハ2245単行。 ヘッドライトがブタ鼻(シールドビーム2灯)になった車両ですね。

キハ2247もヘッドライトはブタ鼻です。

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深川に到着し、キハ56系急行に乗って文明世界に帰還致します。

家族まるごとこんなツアーに付き合ってくれる事に感謝!

それ以上にこんな酷い企画をする私にも驚きを禁じ得ません。


この1977年春3月は、76年夏&76/77冬と2回東ドイツに撮影旅行に行った後で、現役合格して晴れて東ドイツ行きに弟が同行(行きも帰りも別行程だったかもしれませんが)する3回目との間に挙行された家族旅行でした。

あんなこんなと思い出すと「親父殿のおかげ」の範囲と奥行が余りにも大きい事に驚くばかりです。

先日ブログ上で親父殿、故井門昭二“本葬”が8月22日12時と書いてしまいましたが、間違いでした。

正しくは8月22日14時です。 (暑いのでまんいち来ても平服で!)
ただし、
親父殿は葬式に人を呼ぶ事を酷く嫌っていましたので来て貰わないのが宜しいのではないかと思います。

鉄道趣味の知人にはまったく案内をしていません。

幸い私の「鉄」仲間は私のブログを全く見ていない事がよく分ってきましたので安心して此処に書いています。

死ぬほど忙しいのにしつこく書くのは12時と誤報を発信してしまったのでそれが心配で心配で書いて居りますです。







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